カテゴリー「ぼくの『ゼロ』物語」の記事

2019年1月15日 (火)

ぼくの『ゼロ』物語24

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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江戸時代のお金の単位はというと、金貨の小判は「両」と「朱」、銀貨は「匁」、銭は「文」でした。「円」が使われるようになったのは、明治になってからです。これを生み出したのは大隈重信です。

ですから最高額紙幣の1万円札は、大隈重信でもいいように思うのですが、今は福沢諭吉(福翁)になっています。1984年からです。その前はというと、聖徳太子でした。1万円札の最初の発行は1958年で、そのとき採用されました。それまでの最高額紙幣は、5,000円札。高度経済成長で大きな単位のお金が必要になったので1万円札が発行されたのです。

 

福翁の『学問のすすめ』は「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」で始まります。江戸時代は、いくら優秀でも家柄で身分は決まっていたので、この考え方は天地が逆転するほどのものでした。しっかり勉強すれば、身分は関係ない、といっているのですから。

 

福翁は慶応義塾大学の創始者としても有名です。福翁が始めたころは授業料というものはなく、任意で生徒や父兄が熨斗袋にお金を入れて持ってきたといいます。もちろん現代ではそんな大学はなく、よほど優秀か何か秀でたものがない限り授業料を納める必要があります。

 

その学問への意欲を金銭的に支援しているのが奨学金です。

2018年12月 5日 (水)

ぼくの『ゼロ』物語 23

上席研究員の水上です。

同じような作業の繰り返しなので、説明はいつものように省略。

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ボクが使っている拡大鏡式のメガネは安物なので2500円くらいでした。
これ式のメガネの先駆が商品名出しますが、“ハズキルーペ”です。

なかなか印象に残るコマーシャルをばんばん流しているあのメガネです。
気にはなっているものの1万円を超えるのでちょっと躊躇しています。

お店で試すとこれが現在使っている安物とはくらべものにならないくらい優秀です。
軽いし、見え方も いいし、お尻を乗せても壊れません。

しかしどこでも同一価格で売っています。こういった同じ価格設定で売られているの、再販売維持(再販)といって独占禁止法では禁止されています。

家電品も大昔は再販になっていてどこの店でも同じ値段で売っていました。
メーカーがお店に売値を決めて拘束していたのです。


それが大型スーパーなどの出現で安売りが始まって、今では定価というのすらあまり見なくなっています。いわゆる価格破壊といわれている現象です。

ハズキルーペが同じ価格なのは、再販だからではないかと思ったりしますが、それはた またまなのかわかりません。本の再販は認められているわけですから、それを読むため のメガネの再販もありでしょう。

2018年12月 3日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語 22

上席研究員の水上です。

同じような作業の繰り返しなので、説明はいつものように省略。
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飛行機で旅行できるようになったのは、せいぜい半世紀前からのことです。
今のところ一番早い移動手段は飛行機ですが、これには悩ましい問題がつきまといます。

船で何か月もかけて太平洋を渡っても、時差ほけは起きませんが、飛行機だと地球の自転より早 いので、時差ぼけが起きてしまうのです。英語では「JET LAG」といいます。

ジェット機が早すぎるから起きる現象です。
これは東に向かう場合に大きくて、西に向かうとそれほどではないように感じます。よその国に行くという緊張感なのかアメリカ大陸に渡ると数日は悩まされます。

現地の時間に合わせられるようになって、日本に帰ってくると自分の家に帰るからか、それ ほどひどいのは感じません。

あるとき前日徹夜でワシントンに行ったことがあります。飛び立って機内食を食べるとすぐ寝込んで、「下に見えるのが五大湖です」というアナウンスで起きたことがあります。
ここまで寝込んでしまうと、あまり時差ぼけは感じませんでした。


新年号の5月の連休は10連休になるそうで、海外旅行を計画している人も多いかもしれません。時差ぼけ対策に一考してみては。


ゼロ戦の航続距離は2200キロだったといわれています。速度もジェット機の半分くらいですからこれなら時差ぼけも気にしないでよかったかも。

ただ、この飛行機を乗りこな した若者の体力と気力と知力はすごいと思います。

2018年11月22日 (木)

ぼくの『ゼロ』物語 21

上席研究員の水上です。

第21巻の封を開けました。
同じような作業の繰り返しなので、説明はいつものように省略。

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主翼の片方の骨組みはほぼ完成しました。もう片方があると思うとかなりうんざりです 。
これまでは順調でしたが、エンジンの組み立ての順番をちょっと間違えて、米粒の4分の1くらいの部品が取り付けられないことを発見

目立つ失敗でなないので忘れることにしました。


飛行機が嫌いな人は、東京から福岡くらいまで当然のように新幹線を選択します。

北海道は新幹線が通ったといえ、さすがに飛行機にしているようですが。


空を飛びたいという人間の欲求は、文明が起こってから格好のネタになりました。

ギリシャ神話にでてくるイカロスは、体に蝋で羽をつけて空を飛ぶことに成功します。

ところが調子にのって太陽に近づきすぎて、落ちて死んでしまうという物語です。
太陽の熱で蝋が溶けたのでした。
人間欲張ってはダメという教訓だそうです。身の程知らずということでしょうか。

かと思うと「空を飛ぼうなんて悲しい話をいつまで考えているのさ」って歌もあります。中島みゆきの名曲「この空を飛べたら」の歌い出しです。

空を飛ぶのはロマンなのか、悲しい空想なのか。じつに難しい命題です。おそらく一生考えても答えがでない種類の問いでしょう。 現実の問題として人は、空を飛べるようになりました。
飛行機という道具を使って。

その道具に乗って死んだ若者もたくさんいました。

ゼロ戦の乗り心地はどうだったんだろうと、ふと空想してしまいました。
これからしばらくすると、操縦席の工作に入りますが、その前にこんなことを思ったのでした。

2018年11月19日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語 20

上席研究員の水上です。

第20巻の封を開けました。
同じような作業の繰り返しなので、説明はいつものように省略。

主翼の片方の骨組みはほぼ完成しました。もう片方があると思うとかなりうんざりです。
でも100分の20まできました。つまり5分の1達成です。

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家の近くに流れる多摩川は、昔を知っている人にはイメージできないくらい綺麗な川になっています。
清流とまではいえないにしても、アユが生息しています。家から歩いて3000歩のところに堰があって、そこにはアユがクリアできるように魚道があります。

だいたい5月の連休のころからですが、そこをピチピチと稚アユが遡上してきます。
それを狙ってシロサギ、クロサギが集まってきて、水面を突っついたり、潜っています。
アユがいない時代にはなかった生態系が生まれたようです。

夏はその堰のそばにある木陰のベンチにいると、エアコンの空気に当たらないでいいことに今年気づきました。天然のミストです。ペットボトルの水を2本ほど持参して、ベ ンチに寝転んで空を見ていると、雲が流れていました。
木陰は定点なので、動きがじつによくわかるのです。

ついでに空を飛んでいる鳥たちも目に入ります。最高気温35度でも多少の涼は感じますが、さすがに頭は思考を停止します。

あ~、空を飛べたらいいのに、とそんなことを思います。

2018年10月 2日 (火)

ぼくの『ゼロ』物語 19

上席研究員の水上です。

第18巻の封を開けました。
見えますか? 米粒より小さいビスで部品を貼り合わせました。
ピンセットで慎重に作業しましたが、一つ飛ばしてしまいました。

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幸いなことに発見できましたが、あまりにも小さすぎる。
片翼がほぼ完成したので、同じようにもう片方の翼の作業に入りました 。


同じことをもう一度とは。。。せいぜい日本史の教科書に書いてある程度の知識です。
比叡山を開いたのは最澄、そこで修行して浄土宗を開いたのが法然、法然の弟子が親鸞です。この段階で念仏「南無阿弥陀仏」は教義として完成します。
お寺でいうと京都駅の正面に並ぶ西本願寺と東本願寺。
日本人のかなりの人がこのどちらかを本山にしています。

どうして東西二つにわかれているかというと、親鸞から何代か後に出た蓮如というすごいお坊さんが、法然から続く教えを広めてすごい力をためてしまったので、戦国時代に分裂させられてしまったわけです。


五木寛之の本にこんなことが書いてありました。
むずかしいことをやさしく(法然)やさしいことをふかく(親鸞)ふかいことをひろく(蓮如)南無阿弥陀仏はこうやって広がってきたというのです。
浅学のボクにも理解できます。

どれも簡単なことではありませんが、深い言葉です。

2018年8月30日 (木)

ぼくの『ゼロ』物語 18

上席研究員の水上です。


第17巻の封を開けました。
相変わらずちまちました作業なので、説明は省略。

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年寄りは早起きというのは本当です。
若いころは、寝疲れて、また寝る、といったことがあったのですが、加齢とともにそれは憧れのひとつになってしまいました。
寝るのには体力が必要といいます。
加齢とともに体力が落ちるので寝れなくなるわけです。


先日プロ野球の落合選手がテレビに出ていて、10時間くらいは寝ています、といってました。同じくらいの年齢なのですごい!
こういうのを個体差というんでしょうね 。

これだけ寝られれば過労死とは無縁。しかし睡眠時間削って仕事して、どれだけの仕事ができるかというと、逆に生産性は確実に落ちると思います。
休みをしっかりとらないと頭も体も思ったようには動きません。

ゼロ戦のパイロットは、それなりに休暇はあって、食事もかなりカロリーの高いものだったそうです。いつ死ぬかもわからない若者たちを、可能な限りいい状態で飛ばせてやるのが組織の仕事でした。

それが特攻などという無駄死を強要するとは。 優秀な若者が栄養をしっかりとって、休養もしっかりとって、ばりばり働いたら・・・ 。
もったいない限りです。

2018年8月20日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語 17

上席研究員の水上です。

第16巻の封を開けました。
まだ主翼の構造部分は全体が見えてきません。
片翼の完成までにあと3回くらいはかかると思うので、説明は省略。

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女芸人がゲテモノを食う企画がなんとも面白い。
イナゴなんかはかわいいもので、ゴキブリ、カエル、ワニ、ヘビ、と世界中でいろんなものを食いまくっている。

聞くところによると、北欧のある国では、昆虫食の研究が進んでいるらしい。
繁殖が簡単でかかる 費用に対して得られるカロリーは牛肉なんかよりはるかにいいとか。

そういえば田舎の田んぼや小川ではザリガニが簡単にとれて、食ったような気がする。
味は憶えていないのだが、おそらくカニのようなエビのようなものだったろう。
ちなみにザリガニは戦後食用に輸入されたもので、繁殖力が強いので全国に広まったそうだ。
外来種ではないが鹿が増えすぎて困っているところがある。

北海道ではエゾ鹿が作物に被害を与えているから深刻だ。
ジビエといって食べることも試されている。柔らかくて低カロリーで牛肉よりもいいらしい。

ただあまり人気があるとは聞こえてこない。プリン体たっぷりで体に悪い霜降りの牛肉にはかなわない。

2018年8月 7日 (火)

僕の『ゼロ』物語 16

上席研究員の水上です。

第15巻の封を開けました。

まだ15巻です。残りこれを終わらせても85巻あります。主翼の内部構造ができるまでは
エンジンの詳細はあまりに細部なのでしばらく省略。

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スポーツ選手の寿命がすごくのびています。栄養やトレーニング法の進化があることは
間違いなしです。しかし最後は本人の自覚と節制です。40歳過ぎのプロ野球選手や40歳
近いお相撲さんは昔ではあり得ないことです。

人生100年というのですから、40歳くらいは青二才かもしれません。しかし常人が100歳
まで生きるのは、かなり異常な事態です。老後資金の心配がそれだけ増すのですから、
年金もらっている人でももしかしたら貯金に励んでいるかもしれません。

消費が活性化しないと経済が回らないのは当然のことです。政府が言い出した人生100
年時代はおそらく消費に悪影響を与えています。

そもそも年寄は食う量が減ります。若いときは1回の食事で米3合、肉500グラムくらい
食えていたとしても、酒1升飲めていたとしても、80歳で同じことができる人はまずい
ません。

ゼロ戦で死んでしまった若者たちが、今も生きていれば100歳くらいになっているでし
ょう。美味しいものをいっぱい食べたかったろうなと思うと胸が痛みます。

2018年7月19日 (木)

ぼくの『ゼロ』物語 15

上席研究員の水上です。

第14巻の封を開けました。

毎回写真を載せていますが、おそらく見ても何をやっているのかわからないと思います。


作っているボクも実はよくわかっていません。だからしばらく作業工程はあまり説明しないことにします。


ひとつ思うのは、この小さな鋳物の金型を作った人もすごいなと。世の中にはいろいろ名言があって「最高のコックは空腹」もそのひとつ。たいていの人が納得します。
デザートは別腹という人も稀にはいますが、いくら美味い肉でも魚でも朝昼晩と毎食っていればあきます。

でも、季節にしか食えないもの、現地でしか食えないものには絶対的に美味いものがあります。

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ボクは北海道の生まれなので、アスパラがそれです。
産直で贈り物にすること もあるのですが、デパートで買うものよりはるかに感謝されます。 夏に出てくるトウモロコシ(現地ではトウキビ)も美味い。

札幌に行くことがあったら、大通り公園で食べてみてください。ただし生トウキビでなければ絶対にだめ。
冷凍物は同じ食い物とは思えないほど食感もなければ味も落ちます。


ご当地ものでは、広島のお好み焼きはいけます。同じように調理すれば同じようになると思うのですが違うのです。
広島に行ったときは必ず寄ってます。


忘れてはならないのは沖縄のイカの墨汁!
初めてだと真っ黒な墨汁のような汁にビックリします。イカの風味というか味がしみてこれは全国美味いもの市に出品されれば、 おそらく特等でしょう。

東京に沖縄料理の店はかなりあります。でもメニューで見たことはありません。
沖縄に行ったからといってどこでも食べられるわけではないのでかなり特殊な料理かもしれません。

それぞれちょっとずつ食べてみたい。腹いっぱい食べられるのは幸せなことです。

年をとって食う量が減るのは人生の楽しみの半分くらい失った気分です。