カテゴリー「ぼくの『ゼロ』物語」の記事

2019年3月11日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語35

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

とはいっても、やっと25巻くらいまできました。全部で100巻ですから、4分の1です。

この組み立て模型のすごいところは、片翼の骨組みが終わると、次にもう片翼ではないのです。胴体やエンジンも同時に少しずつ作っていくのです。あきさせない仕掛けでうまく考えています。

 

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三島由紀夫の本は新潮文庫で読んでいます。一番近いところで、1965年ですから、それほど昔の文体ではないのですが、ものすごく違和感というか慣れない感じがします。

 

現代文の代表は、新聞。『天声人語』(朝日新聞)の書き写しノートがあるくらいですから間違いないでしょう。どういう文体かというと句点を割と頻繁に使います。長くても2行に1回は出てきます。短文でリズム良く読ませるのが新聞文体なのです。

 

三島の文章は、新潮文庫の編集もよくないと思うのですが、修飾語が多く1センテンスが長いのは三島の個性だから仕方ないにしても、まず字が小さい、さらに改行も少ないです。現代文は3行もすると改行がくるのですが、三島の文章は平均で56行で1改行ですから、慣れるまで時間がかかります。

 

しかしたまにドキッとするような文章に出会います。今読んでいる小説にこんな文章がありました。「〇子はすこし莫迦だった」

 

同じ名前の人がいると気を損ねると思うので「〇子」にしましたが、端的というか、今の人こんなこと書きませんよね。

2019年3月 4日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語34

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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LGBTという言葉は市民権を得ているようです。わが国で最初にこのカテゴリーをテーマにしたのは三島だといいます。『禁色』という小説です。ゲイという言葉の初出だといいます。

 この小説はたぶん高校生のときに読みかけて挫折した覚えがあります。当時の読み方は筋を追いかけていたので、意味がわからなかったからだと思います。

 だいたい三島の小説に共通しているのは、登場人物が多い、話の展開が4分の1くらいまでいかないとわからないところだとボクの中では思っています。小説家には、書きながら話を作っていくタイプとプロットを練りに練ってから書くタイプがいるそうですが、三島は後者のタイプだったようです。

 読者は名前を覚えて、どんな話で進んでいるか覚えておかないと、筋が見えてこないので退屈するのです。ただ、ここを越えるとなんとも味わい深いと思います。浅薄な頭脳しかありませんが、今のところの三島作品の楽しみ方です。

 

2019年2月26日 (火)

ぼくの『ゼロ』物語33

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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三島由紀夫の写真は、軍服のようなものを着た凛々しい姿がイメージです。ただ彼は元々身体頑健というわけではなく、運動神経がなく、体もひ弱だったそうです。そこで彼はボディビルにはまり、ボクシングにはまりきれいな肉体を手に入れたそうです。

 小説を読んでいると、筋肉に関する描写が何ページも続いたり、ボクシングの試合の描写が続いたりすることがあります。これは『鏡子の家』という小説の話ですが、それ以外にもよく出てくるのが徹底的な美男子と美女です。この描写がなんとも独特なのです。三島の美学に不可欠な要素なのですが、ひ弱な肉体の反面だったのかもしれません。

 あと時代背景も考えなければなりませんが、今、そういう表現をすると、ハラスメントといわれて指摘されそうな名詞とか形容詞が出てきます。これは映画『男はつらいよ』も同じ。いいとか悪いとはいいませんが、現代人が読むとちょっと違和感を感じます。

 

2019年2月18日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語32

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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三島由紀夫は、昭和元年の生まれで昭和45年に亡くなっています。市ヶ谷の自衛隊に乗り込んで割腹自殺しました。「なぜ」「なんで」と今でも議論の対象になっています。生きた時代には、戦争があって、その後の復興があって、高度成長期の真っ盛りに事件をおこしたわけです。

 三島の著作を全部読んでもおそらくその理由はわからないものと思いますが、なんとなくそれを探しながら読んでいるような気がします。

 三島がデビューしたのは16歳。『花ざかりの森』という短編です。「才能のある人はすごい」といってしまえばそれまでですか、ほぼまったく理解できませんでした。その後東京大学に入って卒業後は旧大蔵省の官僚になります。

 ある時、大臣のスピーチ原稿を書くようにいわれ「私如きはげ頭のオヤジがまかり出まして、御挨拶を申上げるのは野暮の骨頂でありますが…」と書き出して、上司から赤鉛筆でダメ出しをくったという有名なエピソードがあります。三島は、こんなところにいては日本語が書けなくなるといって、わずか半年くらいで退職して職業作家になりました。

 才能のある人は羨ましいというか、あの豪華絢爛な文章は絶対に誰もマネできません。

 

2019年2月14日 (木)

ぼくの『ゼロ』物語31

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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昔読んだ小説を何年もたって読み直すのは、なかなかいいものです。何年もとはいってもこの年ですから、何10年もたっていることがあります。

去年の暮くらいから、三島由紀夫にはまっていて、積むと10センチ以上くらい本棚にたまっています。おそらく一番有名な『金閣寺』は、教科書にも出ていたような気がするので、読んだ経験のある人も多いと思います。

一番最初に読んだのはたしか高校生のときだったように思います。なんだか筋だけ追いかけてちっとも面白くなかったような気がします。10年くらい前にも思い立って読んだのですが、このときもあまり味わったという感じはなかったような。

最近読んでいる三島の本は、そのうち『金閣寺』も読もうとは思っているのですが、『豊穣の海』とか『禁色』といった大作です。文芸評論などあり得ない話なので、俗人の感想。「煌(きら)びやか」というか、絵を読んでいるような、といった芳醇な香りのする文章なのではないかと。

とりあえずわかったことは、筋のはっきりしたミステリーなんかだと、小生の場合はおそらく数行単位で読んでいます。三島にこの読み方は通用しません。しっかりと1行ずつ読んでいかないと味わいは伝わってきません。

たまにはこんな読書もいいもんです。

2019年2月 6日 (水)

ぼくの『ゼロ』物語30

席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。
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4月から外国人の受け入れが、広く進むようですが、彼らが生活する限り、水は絶対に使うので、どんどん来てもらえばいいと思っています。

 所得がある一定額以下だと、住民税は免除されます。生活保護世帯だと健康保険料も免除になります。水は、衣食住のさらに上位の生きていく上で欠かせないモノです。健康で文化的な生活を満たす最低限のものといえます。であれば、生活保護世帯は水道代を免除するのが筋というものではないかと。

 いや、逆の考え方もあります。もし水道代を税のようなものだとすると、所得に応じた累進性をもたせてもいいのでは。同じ量の水を使っても所得が低い人ほど、料金は安く、所得が高い人は高くなるという仕組みです。

 どういうことが起きるかというと、いつぞや「貧乏人は麦を食え」とか同じように「キャベツを食え」と言った大臣がいましたが、おそらく同じようなことを言い出す政治家がいそうです。曰く「貧乏人は水道水を飲め」と。所得が高い人が水道水を嫌って、ペットボトルでどんどんお金を使うと、多少なりとも経済の循環にいい影響を与えます。逆に水道の利用料が増えると自治体の収入は増えます。

 人口減地域の水道料金に関心をもったら、こんなことを思ってしまいました。

2019年2月 1日 (金)

ぼくの『ゼロ』物語29

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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コンビニで売っているコーヒー、ジュース、お茶、ミネラルウォーターは総称して清涼飲料水といいます。ブランド名は書きませんが、昨年、ウィスキー屋さんの水が30年近くトップに君臨していたコーラ屋さんのコーヒー飲料を逆転するという、理解に苦しむことが起きました。

 清涼飲料水はほぼ物流コストで、正味のコストがしれたものであることは誰でも想像がつく話です。それでもコーヒーは一応コーヒーの味がするし、水を加工したものなので、コストがかかっているのはわかります。

 なのに、ミネラルウォーターというのはただの水ですよ。水道水だって今は普通に飲めるし、なんでお金を出してまで飲む人がいるのか、昭和中期生まれにはまったくわかりません。

 水道料金が地域によって高い安いがあるのは、人口の集積度に関係があるそうです。水道管を長い距離引くのと短い距離で済むのでは、どっちが高コストかは自明です。それと人口減少も影響しています。

 4月から外国人の受け入れが、広く進むようですが、彼らが生活する限り、水は絶対に使うので、どんどん来てもらえばいいと思っています。

2019年1月30日 (水)

ぼくの『ゼロ』物語28

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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『ユダヤ人と日本人』が出版されたのは、1970年のこと。このころの水といえば水道、もしくは井戸、もしくは湧水のことを指しました。だから当時は基本的に水はタダといえたのです。それがいまでは、当たり前のようにペットボトル入りの水を飲む人が増えています。

 なんでタダの水にお金を出すのか、疑問に思ったことのある人はかなりの年配です。ミネラルウォーター自体は、この本が出版されたころにはあったようで、飲み屋にいくと水割りを作るのにガラスのビンに入った水で水割りを作っていたものです。

 それがバブル期と歩調を合わせるように出てきたペットボトルの登場で、一気にふつうの人が消費するようになりました。つまり現在30歳くらいの人は、生まれたときからペットボトルの水を飲んでいて当たり前のように思っているのです。お茶もペットボトルが当たり前で急須で入れるのは、ちょっと珍しい風景になっているようです。

 ちなみにこの水の値段ですが、水道水の基本料金ランキングというのをみると、最も高い北海道と安い静岡県では3倍以上の差があります。雪は降るし、水は有り余っている北海道が最も高いというのは解せません。

 

2019年1月21日 (月)

ぼくの『ゼロ』物語26

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。

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五千円札の肖像画になっている樋口一葉は、貧乏暮らしのまま若くして人生を終えた人です(明治29年・25歳)。現代女流作家の第1号といわれています。代表作には『にごりえ』『たけくらべ』があります。文庫にあるので読みかけたことはあるのですが、おそろしく読みにくい文体で数ページでやめました。ちなみに現代のように口語体で文章を書くようになったのは、樋口一葉没後に執筆活動を始めた夏目漱石からだそうです。

 

 樋口の時代は明治憲法の時代で、女性が社会に出て仕事するなど、もってのほかの時代でした。彼女は本来家長になるべき兄を亡くしたので、その代りのような役目を担わされたといいます。好きでたまらなかった文章を書くことも後ろめたい気分の中で進めていました。

 

 評判が良かった原稿も当時は印税というものがなかったので、原稿料の一回こっきりでした。当然これでは貧乏もいたしかたありません。

 

 時代が違えば、奨学金で高等教育を受けて、病気になることもなく、もっといい作品が残せたかもしれません。五千円札を手にするとふとそんなことを思います。

2019年1月17日 (木)

ぼくの『ゼロ』物語25

上席研究員の水上です。

 

相も変わらず、細かい作業の繰り返しです。よって、作業内容の説明は省略。
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千円札の肖像画は野口英世です。野口英世は、とんでもなく優秀で、神童と呼ぶにふさわしい子どもでした。いかんせん家が貧乏だったので、進学するにも学費がありません。小さいときに負った手の火傷あともハンデでした。しかし「このままではおしい」と思った近所の篤志家は彼の進学のために資金を援助しました。個人版の奨学金のようなものです。

 

 野口がこのお金をどのような性格のものと理解したかは不明です。事実として残っているのは、そのほとんどは返されることがなかったということです。おそらく彼は借りたとか、助けてもらったとかいう意識はあまりなくて、もらったくらいのつもりでいたのでは。

 

野口に支援しすぎて破産した家までありました。いろいろエピソードもあるのですが、字数がないので興味がある人は渡辺淳一の『遠き落日』を。

 

もし野口の時代に奨学金があれば、彼はそれを使って進学していたかもしれません。いい研究成果を出すと、返還不要の制度もありますから、踏み倒しのようなこともしないで済んだかもしれません。

 

 とはいっても、野口が残した功績はあまりに大きい。野口ほどの成功をおさめることのできる人はほんの一握りだと思いますが、奨学金を利用するなら大志を持ち続けたものです。